
ミヤコ市に帰ってきました
3周目のエンディングは3パターンあるらしいので、この回で全部見ちゃいます






詩人wwwもういいから帰れwwwwww
(ボニフォル編、ディーヴァ編クリア後も二者択一で選べたらよかったよね)







なぜって…こっちがお前は誰だって言いたいわ 笑
御堂がこの世界を護るために送り込まれたって? 前回はこの謎の男がミヤコ市の結界を破って世界を一つにする、もしくは御堂が覚醒してその役割を果たす って話だったけど「世界を護る」って何を指すんだろう
御堂が連接世界に行ったのが間違いっていうのもよくわからない


岩戸や聖堂はこいつでなくてその破壊者が壊したの?




八条の姫さんは妖が見えはするんだね 御堂のように戦ったりはしないのかな









何やて?!??!
2周目は綱紀が「御堂綱紀」に成り代わっていたけれど、3周目は家族の方が、なのかい…





これこの後暗転して嫌な音してたの…この特務官は魔物にやられたんだろうなって感じだった(ご愁傷様です)
内務省ってことは、こいつが連絡してる先は忠道内務次官(叔父さん)か? 家族はどうも寄せ集めの偽物だったようだし、叔父さんと(この国)の真意が気になってきたわね








いくら仕事上の仮の親役だったとはいえ、長年家族やってきたんだからもうちょっと情はないのかと私も思っちゃったよ…
怖い目に遭った倫子が「こんなん嫌だからもう終わり」って言ったのはともかく、内務次官がこの家族ごっこを終わりにした理由は何だろう






仕事は終わったからはいさようならって…(頭を抱える)
御堂ママ、「お母様」って呼ばれてたし今時着物だしでいい家柄のご出身かな感あったんだけど、実は全然そんな人ではなかったってことですか!
で、岩戸の前で綱紀を拾ったのは2周目だと両親だったけど、今回は忠道叔父さんだと
この様子だと叔父さんは綱紀の正体をわかっていて、その上で御堂家の子供として生きさせることにしたと ご丁寧に家族を仕立てて
こうなるとますます、綱紀のクグツ使いの技は誰から教わったんだという気持ちになる(今回の偽物の家族では教えられなさそう)
もしかして「御堂家が代々クグツ使い」って設定も叔父さんのこの計画に合わせて作った話か?とも思ったけど、八条の家までが偽物とは思えないしねえ…




綱紀がミヤコ市を守ってきた根源的な動機が「家族のため」であった可能性を思うと、この空虚感が想像できてつらい






前回の周回でもラスボスが言ってた「世界を一つにする」は、世界の独自性や純粋性を破壊すること…どれも似たり寄ったりの世界に塗り替えるイメージでいいのかな
謎の男が「岩戸を壊してこの世界を切り離せ」って言ってるの、鵜呑みにして大丈夫…? 本当は結界を壊したのは彼の策略で(前回、結界を壊す邪霊を送り込んできたのはこいつだった)、連接世界からの干渉を食い止めるためには世界を切り離すしかないぞって追い込んでたりしないだろうか(じゃあそれは何のため?という疑問が湧いてくるけど)





クグツは綱紀が御堂家の人間でないと仕えない存在だけど(この回の父母は成り代わってた偽者だったからなあ…本来の御堂家の先代はどうなってしまったんだろう)、このセリフは綱紀を個として認めてる感じがして
前回のエンディングでも思ったけど、この4体のクグツたちはカテドラル計画にあたって支給されたからか、御堂家にというより綱紀と共にあるように見えるんだよね

前回の話でも管理官が不安な気持ちに襲われたのは結界が壊れたからだ、ってあったね だから結界が直れば御堂家は元さやに…?あるかな???



私が忠道叔父さんの話を聞きたいんだけど なんで家族ごっこ終了にしたのかとか、そもそも綱紀に何をさせたかったのかとか、叔父さんはクグツを使えるのかとか ねえ!


とりあえず最初は岩戸を壊したルート
キックで壊してんのよくよく見るとすごいな








お母様のセリフの感じだと、やっぱり叔父さんに作られた家族なのかな
でも精霊で結界を直したおかげで気持ちが落ち着いて、また家族に戻れた
お父さんの「これで良かったんか」は「お前にあんなこと(家族辞める)を言ってしまった自分たちと、また家族に戻っていいんか」 と、「ミヤコ市でなくて北海島(北海道だよね?)なんて遠いところで住むことになって良かったのか」かね?
この人たち何でミヤコ市を出たのかなと思うんだけど…岩戸を壊したことで結界を保つ必要がなくなって、役目がなくなったからとか、忠道叔父さんにこれ以上利用されないように、とか?
これからは御堂の家のことはしなさそうなのに、変わらずに御堂の姓を名乗るんだね…



!?
綱紀が翠の波動が見えていたのは彼が連接世界から来た(ルーツがある)からかと思っていたのだけど、連接世界と完全に隔絶したから波動を感じなくなったとか?
そうなった彼にもクグツはついてきてるんだな…御堂の人間だから波動が見えてたわけじゃなくて、連接世界から来た人間だから見えてたわけで そしてクグツは御堂の血にでなくて、精神に仕えてるって感じかね
忠道叔父さんは綱紀が岩戸の外から来た赤子とは知ってたから、彼が翠の波動が見えなくなったのを知って、自分の駒として使えなくなった(叔父さんが綱紀のことをどこまで理解してて、何をさせようとしてたのかはわからないままなんだけど)…で、もう知らんどこへとも行けとなった なんてのもあるかもね




ではでは 今度は岩戸を壊さず、連接世界へ行って決着つけたるわルートで




この段になってもまだ選ばせるんだなと
プレイヤーが選んだ物語を見せるというのが、このゲームの主題なんだなと感じる





産み落とされ、って造られたもの感とてもあるな
御堂は翠の波動に導かれているのでなく、翠の波動の先に世界を導く存在だったと…?




世界のバラバラ具合をあえて見せて、「これではいけない」と思わせるのが御堂を産んだ存在の目的だったようだけど、一方で御堂は「バラバラのままでええやん」と思うようになった
この天界の男の言い方、彼は研究者で御堂はその研究結果で産み出したモノみたいな関係に聞こえる




御堂を失敗作とし、今のバラバラな世界に理想も美学もないって それは天界の価値観ではそうだってだけの話でしょう
たしかに天界人の幸せはないのかもしれないけど、個々の世界にはそれぞれの幸せがあるのだから、天界人の勝手でそれを塗り替えていいの?(ってこのゲームの意図としてプレイヤーに思わせたそう)



これ天界の男がラスボスにトランスフォームした?とも思ったんだけど、この前段階からラスボスはこの姿でいたからそうではないかな 合体して強力になったとか?
ここでいう「世界の理」って「この世界は一つであるべき」ってことよね それに逆らう息子をおしおきしてやるぞって、そういうラスボス戦だった?



ラスボスも創造神そのものではなくて、天界の男や御堂同様に産み出されたモノだったのかな?
この、またヤバい奴が出たら倒してしまえばええやん 感よ






仲間が多いとここ賑やかでいいな
「世界はいろいろあった方がいい」って感じも実感できるし
みんなでミヤコ市に帰ってハッピーエンド、でしょうか


巻き戻ってもう一つのパターンも見にいくよ
こっちは天界の意図が「世界をバラバラにする」だから、さっきと正反対のパターンですね(ここはパラレルな感じ)





ああ これはやり方がさっきと正反対なだけで、目指す先は一緒なんだ 思想が統一されたクリーンな(?)世界を作りたいっていう





世界の理っていうのはラスボスなのか、ラスボスや天界の男や御堂を産んだ創造神なのか
この場合の天界の男は御堂が扉の向こうへ行ける存在とは思ってなかった? さっきの関係性とは違って(さっきはあなたと呼んでたけど今度はお前)、御堂のことを下に見ている



この話の中では、世界に散らばったクィススタティアムは御堂と同じにそれぞれ世界を切り離す役割を与えられた人たち?
それぞれの世界の独自性は保ちつつも、外の世界からの刺激を受けて変化して、さらに先の段階へ進む 世界に何も変化がないと、安定のかわりに進化もないのかもしれない
それぞれの世界の純粋性を保つことで連接世界(天界?)の純粋性も保つのが奴らの目的でいいのかな



お前なんかおしおきされちまえと思ってたら反対にやられちゃったから、焦ったってところでしょうか





これ改めて見たらラスボスのカラーリング違うんですね(今知った)

初期メン好きなので、御堂編もずっとクグツたちと
ムサシは大剣から刀に持ち替え らしい武器が好きでね
ソウル技が使いこなせなかったけど、ずっとこのチームのエースアタッカーでしたね

スクネ外す人多い気がしてる わかる
でも私はこのゲームの体術が好きでね(多段技とか独壇場前の構えとかカッコよくないですか)
最前列でボウと組ませてOD狙うのがうちの定石になってました

モデル(推測)の杉谷善住坊って信長狙撃に失敗してひどい処刑のされ方した人と聞いて そうだよ今度は外すな〜!って祈っちゃうよこんなの…
うちの切り込み隊長で、リザーブ解除用にインタラプト回避をロールと装備で上げてあって、突弱点の相手には独壇場で火力出す そんな役回りさせてました

コマチは最初はそのまま短剣だったんだけど、どうせ術のときは狙われたくないし、なら使えるソウル技のある両手銃待たせてしまえと 行動前ガード付きでBP軽い散弾ぶちかましは神
あと水術持たせてたのでクイックタイムしたり 独壇場で一番ダメージ出せるのが彼女になったので、うちの最終兵器と呼んでいた
御堂くんは薙刀でスタンしたり術力下げたりディフレクトしたりが主でしたね 連携されるピンチの時は両手剣でブルチェイス
次に使う時はどっちかは変えてもいいかも クグツたちに技を教えるのに、一通り閃かせたからお疲れ様でした








親離れした子供って感じがする
こっちのエンディングはミヤコ市に帰るでなくて、あちこちに出かけて行くんだね だから仲間集合絵がなかったんだろうか
これで御堂編のエンディングは全部見たのかな?(初周で見られるエンディング以外・これはいつかサガエメをリセットしたときに見ます)
でも忠道叔父さんとの決着を見られてないのが、私にとっては一番の消化不良です 忠道叔父さんの思惑とかこの先どこかで知れたらいいんだけどな…(ボニフォル編であったりしないですか)
御堂編は翆の線とか連接世界(天界?)とか天界の男とかラスボスのこととかがぼんやりわかったのが良かったかな
ここから他のキャラをやりつつ見えることもあるでしょう
他のキャラを周ってからまたいつか…多用なる楽園を倒したデータを作った後で(今回は全きを倒したデータで終了)強化ボス(彼方)たちとやってみたいです
・2024/11/27追記
御堂編は周回しながら自然とプレイヤースキルが高まっていくつくりになっていると思いました
最初は最凶や強敵を避けてもエンディングには行けるけど、先の話を見るにはアイテム集めて武器防具を強化して、ロールや技・術を覚えて…諸々のいろんな経験を積んで、それらを倒せるようになる必要がある
ラスボスも最初に会った時は弱化版だが、周回するにつれ連戦回数とボスの攻撃手段が増え、おともも手強くなっていく
いろんな世界に行きつつ、仲間と出会って、ちょっとづつサガエメ世界を知りたい人には御堂編周回が向いているかもしれないです
反面、何周もして何度も同じボスを倒し続けてやっと最後の話に辿りつける、初周からいきなり話の核心には迫れない点は、ラスボスバトルの印象を薄め、スッキリとした達成感を得られにくくもなっていると感じました
あと、今回見たエンディング3種は早くても3周目以降でないと見られないわけで 「そのときプレイヤーの見たものが真実」ならばそれらのパラレル的な違いはあまり気にならないのですが、その前に見ている2種のエンディング(細かくいうと1周目と2周目の御堂編本編全て)との違いには、どうしても戸惑ってしまいます
1周目と2周目なしにいきなり3周目ができるわけではないですし、3周目の前に1周目と2周目の記憶を失くせているわけでもない(忘れた頃にやったらよかったのかもしれないですけど)
3周目をさせるにあたって1、2周目は前提になっているのでは?、でもそれにしては齟齬があるし…と気になってしまうわけです
おそらくサガエメは何度も周回するのが前提で(特にその傾向が強い御堂とアメイヤ編は1周数時間で終わらせるのも容易です)、周回ごとの一期一会を楽しんでほしい、多少の不自由はプレイヤースキルと運で乗り越えてほしいってデザインなんだと思います
なのでできるだけ手早くこのゲームの美味しいところを堪能するとか、自分の好きな戦術を固めて突き進むみたいな遊び方をしようとすると、途端にストレスになる
細かいものを含めてイベントが豊富なので、1周の中で全てのイベントを同じパターンを再現するのは不可能なのでは 行き当たりばったりの旅をトラブル込みで楽しめちゃうタイプの方には、とても合っているゲームなのではと思います
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